じょるじゅ

紗耶 「夏輝ー? 起きてるー?」

夏輝 「お……おう。今起きたとこー」

紗耶 「ご飯、できてるわよー」

夏輝 「わかった。すぐ行くー」

じょるじゅ居間

紗耶 「まったくもう……もうちょっと、早く起きれないの?」

夏輝 「無理。俺は夜に本気出すタイプだから」

紗耶 「まったく……」

夏輝 「マヨネーズ、とってくれ」

紗耶 「あ、はい」

夏輝 「さんきゅ」

紗耶 「……目玉焼きに、マヨネーズ?」

夏輝 「変か?」

紗耶 「信じられないわ」

夏輝 「いや、旨いって。食ってみ?」

紗耶 「アンタの食べかけなんていらないわよ」

夏輝 「いやマジで旨いって」

紗耶 「いらないって」

何気ない日常。

とっくに慣れた、紗耶と二人の朝食。

俺自身がいまだに信じられないのは、この日常が、これで最後だということ。

紗耶 「……準備、もう終わったの?」

夏輝 「ああ。そんなに、荷物持ってきてないしな」

紗耶 「宅配で送ったほうが良くない?」

夏輝 「なんか面倒だし、別に重くないからいいよ」

紗耶 「……そう」

夏輝 「……」

そこはかとなく空気が重い。

きっと、それは気のせいじゃない。

紗耶は努めて普段どおりを演出しているが、時折見せる表情が、それは演技だと物語っている。

会話が続かない。

何かしゃべらなくてはと気負うほど、言葉が出てこない。

紗耶 「……あのさ」

夏輝 「ん?」

紗耶 「ううん……なんでもない」

夏輝 「そうか」

それは、紗耶も同じのようだ。

夏輝 「ご馳走様でした」

紗耶 「お粗末さまでした」

夏輝 「紗耶のご飯も、これで食い収めか」

紗耶 「……そうね。最後だから、もうちょっと良いもの食べさせてあげたかったんだけど」

夏輝 「十分だって。余は満足じゃ」

紗耶 「ごめんね」

夏輝 「何が?」

紗耶 「ううん……なんか、最後だって思うと、手が震えて……」

紗耶 「料理、まともにできなかったの、はじめて」

夏輝 「そうか」

紗耶 「べ……別に、寂しいとかそういうんじゃなくて」

夏輝 「そうかそうか」

紗耶 「……なんか、ムカつくわ」

夏輝 「そうかそうかそうか」

紗耶 「……ふぅ。まぁいいわ」

夏輝 「船、何時だっけ?」

紗耶 「それくらい、自分で確認しておきなさいよ」

紗耶 「仕方ないわね。……あと、3時間くらいよ」

夏輝 「まだ時間あるな」

紗耶 「ちゃんと、早めに港に行きなさいよ?」

夏輝 「見送りねーの?」

紗耶 「あ……あるわけ、ないでしょ」

夏輝 「マジで? 紗耶さん冷たいよ?」

紗耶 「あ、アンタがそんなに見送って欲しいのならしてあげるわ」

夏輝 「素直じゃねーな」

紗耶 「だ……誰がよ!」

夏輝 「寂しいんだろ?」

紗耶 「寂しくないわよ!」

夏輝 「またまたぁ」

紗耶 「むしろ、煩いのがいなくなってせいせいするわよ!」

夏輝 「ふーん」

半月ほど一緒にいて、よくわかった。

コイツの性格は、いろいろ裏返しだ。

素直じゃないから、こういう態度しかできない。

だからこそ、こういう態度になるときは、逆の気持ちなんだと。

紗耶 「ほら、はやく支度しないと船行っちゃうわよ!」

夏輝 「へいへい」

紗耶 「忘れ物しないようにね!」

夏輝 「へーい」

夏輝の部屋

荷物は全部、まとめた。

一応、世話になった部屋だ。しっかり掃除もした。

見渡す限り、忘れ物はない。

小さいテレビの、料金箱から切断されたケーブル。

電気とかよくわからない紗耶が、一生懸命になって加工した跡。

実はこっそり、小さい兎を足しておいた、よくわからない水彩画の掛け軸。

たった半月とはいえ、なんとなく愛着が沸いたこの部屋とも、これでお別れ。

夏輝 「ありがとうございました」

誰へ、というわけでもないが、ぺこりと一礼。

また……来るかもしれないしな。

じょるじゅ玄関

夏輝 「さてと」

夏輝 「お世話になりました」

住み慣れたこの民宿にも、ぺこりと一礼。

紗耶 「アンタも、意外と律儀なところがあるじゃない」

夏輝 「そうか?」

紗耶 「家とか物にお礼が言えるなんて、あんまりできることじゃないわよ」

夏輝 「なんかな。ちゃんと、お礼言っておかないといけないような気がする」

紗耶 「アンタの、そういうところは良いなって思うわ」

夏輝 「惚れたか?」

紗耶 「バカじゃないの?」

夏輝 「さて。行きますか」

紗耶 「はいはい」

じゃあな、叙瑠樹。

道1

夏輝 「しかし、明日から9月だっていうのに……なんなんだこの暑さは」

紗耶 「いつものことよ」

夏輝 「来たときと、そんなにかわんねぇ」

紗耶 「そう? 多少は涼しくなったわよ」

夏輝 「あんときは、余計な荷物が一個あったからかな」

びちびち動く物体が。

紗耶 「ふふ。そんなこともあったわね」

夏輝 「あれ以来、魚を持つと思い出すんだ」

紗耶 「何を?」

夏輝 「バスタオル一枚の、紗耶」

紗耶 「……っ!」

耳まで真っ赤にしてやんの。

紗耶 「さっさと忘れなさいよ!」

夏輝 「永久保存して脳内額縁に入れて、飾っておくよ」

紗耶 「忘れなさいって言ってるでしょ!」

夏輝 「やだよーだ」

パンチもキックも飛んでこないのは、紗耶なりの気遣い、かな。

道2

夏輝 「そういえば」

紗耶 「ん?」

夏輝 「ここって、自販機あんまねーよな」

そのおかげで、何度か不便な思いをした。

紗耶 「そうね……あんまり、買う人がいないからじゃない?」

夏輝 「そうなん?」

紗耶 「お年寄りが多いから、ほとんど自前で麦茶とか持って歩いてるしね」

夏輝 「そうか……」

紗耶 「コンビニもないし、不便といえば不便ね」

夏輝 「ま、最後に補充したのが何時か、わかんねーようなジュースを売ってても嫌だけどな」

紗耶 「それは同感」

夏輝 「ほとんど人がこない山の展望台の自販機とか」

紗耶 「あるある!」

夏輝 「そういうところに限ってレアなジュースが置いてあったりするんだ」

紗耶 「そうそう。飲んでみたいけど、作ったのが何時かわからないから悩むのよね」

夏輝 「お前もよくわかってるじゃないか」

汗ばむほど暑い道のりだが、二人なら楽しく歩ける。

道3

紗耶 「あ……」

夏輝 「どした?」

紗耶 「港……」

夏輝 「あぁ、見えてきたな」

紗耶 「うん……」

船が見える。たぶん、あれに俺は乗ることになる。

紗耶 「あっという間だったね」

夏輝 「そうだな」

紗耶 「楽しかったね」

夏輝 「うん」

紗耶 「……」

夏輝 「どうした?」

紗耶 「ううん、なんでも」

夏輝 「そうか」

言葉が、少なくなる。

もも 「あ、お兄ちゃん!」

あやめ 「遅かったのね」

夏輝 「もも。あやめ姉まで……見送りに来てくれたの?」

あやめ 「当たり前じゃない」

もも 「黙って行くつもりだったの?」

夏輝 「いや、そういうわけじゃないけど」

あやめ 「いくら夏輝でも、そんな薄情なことはしないわよ」

紗耶 「わかんないですよ?」

もも 「ひどいー!」

夏輝 「ひどくねぇって。……ったく」

あやめ 「この船、よね」

夏輝 「うん。多分」

あやめ 「寂しくなるわね」

夏輝 「あやめ姉にはももがいるだろ」

もも 「ボクも、もうちょっとしたら学校はじまるよ?」

夏輝 「え?」

紗耶 「忘れたの? 私ともも、本土の学校だから」

もも 「お兄ちゃんよりは遅くなるけど、また島を出るんだよ?」

夏輝 「そうだったのか」

そういや、そんな話をしたようなしてなかったような。

夏輝 「じゃあ、あやめ姉はほんとに寂しくなるんだな」

あやめ 「ふふ。冗談よ。お父さんもいるし、慣れてるわ」

もも 「ボクは寂しいよー」

夏輝 「俺もだよー」

もも 「島出るの、辞めない?」

夏輝 「無茶言うな」

紗耶 「……」

紗耶よ。本当は、お前も引き止めたいんだろ。わかってるよ。

夏輝 「ま、また来るかもな」

もも 「ほんと?」

夏輝 「いつ、って約束はできないけどな」

もも 「いつでも来ていいからね!」

あやめ 「ももが学校の間に来ればいいんじゃない?」

夏輝 「そうだな。そうするか」

もも 「ひどいー!」

夏輝 「冗談だよ。また一緒に、海に潜ろうな」

もも 「約束だよ!」

夏輝 「ああ。約束だ」

清理 「おお。皆、もう集まっておったか」

夏輝 「清理さんまで」

清理 「遅れたと思ったが、安心したぞ」

夏輝 「清理さんも、この船で?」

清理 「いや、わっちはまだ暫くは、島で修行を積むことにしておる」

清理 「だいいち、まだ神主様が戻ってきておらぬしな」

夏輝 「そうですか」

一緒の船だと、ちょっとだけ期待したのに。

清理 「この島は、修行にちょうど良いでの。気に入ったわ」

清理 「それに、ほれ」

「夏輝くん……」

夏輝 「おお。楓」

清理 「楓どのも、なんとかせんといかぬしな」

「ほんとに、行っちゃうんですか?」

夏輝 「ああ……」

「寂しく、なっちゃいますね」

もも 「そうだよー。寂しくなっちゃうよー」

あやめ 「ほらほら。別れが辛くなっちゃうでしょ。そんなこと、言わないの」

「でも〜」

もも 「だって〜」

夏輝 「まあ、ももや楓に会えないのは寂しいな」

「うぅ〜」

しかし、ほんとにこの二人、仲良くなったな。

一時期はどうしようかと思ったりもしたんだが。

それは、大きな収穫だろうな。

阿部 「ナッチャ〜〜〜〜〜〜ン」

夏輝 「あ、そろそろ船に乗らないと」

阿部 「おいおい。俺を置いてどこへ行くんだい?」

紗耶 「またややこしいのが現れたわ」

夏輝 「どこへ、って。家へ帰るんですが」

阿部 「そりゃ不思議だな」

夏輝 「何が、ですか?」

阿部 「ナッチャンの帰るところは、俺の胸の中だというのに」

もも 「ボクの胸でもいいよ!」

あやめ 「話をややこしくしないで」

阿部 「じゃあ、俺とももちゃん、どっちの胸を選ぶんだい?」

夏輝 「どっちも選ばないという選択肢です」

もも 「ぶ〜〜〜〜!」

清理 「ぶーたれるでないわ」

もも 「どうせ、ボクは胸がないですよ!」

紗耶 「そういう問題じゃなくて」

あぁ、なんだか収集つかなくなってきた。

清理 「ほれ、夏輝どのも困っておるであろう。喧嘩せず、笑ってお別れするのじゃ」

あ、そうか。

俺が再び、島へ来ることがあるとしたら。

紗耶やあやめ姉、ももとは再会できる。

けど……清理さんは。

清理 「なに、これが今生の別れとは限るまい。縁あれば、どこかで会うこともあろうぞ」

強いな、清理さんは。

「わたしは……どうなっちゃうのでしょうね」

清理 「おそらく、このままじゃろうな」

「このまま、ですか?」

紗耶 「それはそれで」

夏輝 「いいんじゃないか?」

あやめ 「そうね。いてくれると便利なこともあるし」

「わたし……ここにいても、いいんですか?」

紗耶 「もちろんよ」

夏輝 「うん。そう思う」

「うれしいですぅ〜」

ぴんぽんぱんぽ〜ん

紗耶 「あ……そろそろ、船」

夏輝 「あぁ。時間だな」

清理 「名残惜しいの」

もも 「お兄ちゃ〜〜〜ん」

あやめ 「また、来てね」

阿部 「俺のところに就職に来てもいいぞ」

夏輝 「だが断る」

「夏輝くん、ばいばい」

夏輝 「ああ。ばいばい」

……

いや。違うな。

夏輝 「またな」

「はい。またです〜」

もも 「ぜったいだよ! 約束だからね!」

夏輝 「ああ。また来るよ」

あやめ 「元気でやるのよ」

夏輝 「もちろん。あやめ姉も、元気で」

紗耶 「……」

清理 「困りごとがあれば、連絡を寄越すといい。ここに八幡の連絡先がある」

夏輝 「ありがとうございます」

連絡したいけど、連絡するのは相当な大事だろうから……困るな。

紗耶 「……ばか」

夏輝 「え?」

紗耶 「次に来るときは、ちゃんと宿泊費とるからね!」

夏輝 「へいへい」

紗耶 「食費もとるからね!」

夏輝 「わーったよ」

紗耶 「だから絶対、また来なさいよ!」

夏輝 「なんつー、強引な客引きだ」

ま、紗耶らしいといえば紗耶らしい。

オッサン 「そろそろ船、出すぞ」

夏輝 「あ、すぐ行きます」

夏輝 「じゃあ、皆。またな」

……

……

……

船が、動き始める。

皆、手を振って俺を見送る。

俺も、それに応える。

それは、お互いの姿が見えなくなるまで続いた。

また来よう。

きっと。

故郷とか、ノスタルジーとか、そういうのじゃなくて。

この島で、沢山の思い出ができた。

ここの人たちに、沢山のものを貰った。

一生の思い出になるくらいの、沢山を。

夏輝 「……」

悲しさじゃない。

切なさ。

ずっと、ずっと。

島に居られたらいいのに。

ずっと、ずっと。

この夏が終わらなければいいのに。

そう。

この夏休みが、永遠に続けばいいのに。

そう思えるくらいの、最高の夏休みが終わった。

――また。

再び、ここへ。

夏休みの、続きを。

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