8/24山遊び後
背景:山
あたりは漆黒の闇……とかじゃなくてよかったよ。
黒々とした木の影の間から、星空が広がる。
星ってこんなに明るかったんだなー。
そんな事を考えて自分のテンションをあげようとするが、先ほどの清理さんのいたずらのおかげで、俺のノミの心臓はちょっとした事で縮み上がって死んでしまいそうだ。
バサバササっ
夏輝 「うわっ!!」
鳥だ、鳥が飛んだだけだ!
そうとわかっていても突然の音に敏感になってしまっている。
……鳥って、夜は寝てるよな。
多分、コウモリかなにかだろう。うん。きっとそうだ。そうに違いない。
違う物体だったら泣く。泣いてやるからな。覚えてろ。
かしゃかしゃ、と無駄に寝袋の音をたてて気を紛らわしているが、無駄な抵抗というもの。
紗耶達が眠るテントは、俺の居る場所より少し遠い。
寝袋の端をロープで木にくくりつけて印までつけておくって、俺ってどこまで信用ないんだよ。
恨めしげにテントをみていると、中から誰かが顔を出した。
紗耶だ。
テントから顔だけ出した状態で小さめの懐中電灯を俺の方へ向けて照らし、俺が起きているのを確認する。
そしてアイツはもそもそとテントから出てきた。
紗耶 「まだ起きてたの?」
夏輝 「この宝石がちりばめられたような夜空を前に即寝は失礼だろう!(棒読み)」
紗耶 「アンタが芝居がかった言い方する時って、確実に嘘だから」
ていうか、俺もそういうキャラじゃないと自分で思うよ。
紗耶 「まぁ、どうせ目が冴えちゃったから、アンタと話でもして暇つぶすか」
夏輝 「心霊現象にびびって倒れた者同士、傷を舐めあおうってわけですね」
紗耶 「すりつぶすわよ」
夏輝 「な……何を? まさか俺のキュートなハニーをか!」
紗耶 「……」
夏輝 「いででででででででででで」
紗耶の拳が俺のこめかみを締め上げる。
俺のキュートなハニーは無事だ。
でも痛い。超痛い。死にたくなるくらい痛い。
だが、こういったやり取りでも一人で震えてるよりはずっといい。
紗耶 「ほんとに子供の頃から全然成長ないんだから。」
夏輝 「俺は永遠に少年だからな」
紗耶 「ハイハイ、まあいいわ。折角だからもう少し星が良く見えるとこに移動しましょ」
夏輝 「へーい」
背景:山(さっきとは違う場所)
夏輝 「お、ここなら星が良く見える」
うまい具合に生い茂った木々の間から夜空が広がっている場所を発見。
座れそうな岩を見つけ、二人で並んで落ちないように肩を寄せ合って座る。
紗耶 「あー、楽しかったなー、キャンプなんて久しぶり!」
紗耶さまもご満悦。
足をぶらぶらさせながらこっちに笑顔を向ける。
夏輝 「得にカレーは旨かった」
紗耶 「今日のは確かに美味しかったねー、昔キャンプに来た時とは大違い」
夏輝 「そうなんだ」
紗耶 「あれも忘れたの? アンタが入れた現地調達のキノコであやうく皆で死にしかけたってのに」
夏輝 「ぶっ! 危険だろー、ガキの現地調達!」
紗耶 「アンタがやったのよ、アンタがっ!」
夏輝 「記憶にございません」
紗耶 「ものすごい定番な責任逃れね」
いや、本当に記憶にないから。
その事件は時効なのだろう、紗耶の言葉に棘はなく会話を楽しんでいるという雰囲気が伝わってくる。
紗耶 「じゃ、これは覚えてる?」
夏輝 「ん、何?」
紗耶 「山でブランコ作ろうとしたら失敗して、逆さづりになったの」
ぜんっっぜん覚えてない。
夏輝 「へ……俺が? お前、一緒にいたなら助けてくれよ」
紗耶 「ひどっ! 私が人呼ぶためにどれだけ走り回ったか!」
夏輝 「そうでしたか、それは大変失礼な事を。お嬢様、足にマメなどは出来てませんか?」
紗耶の足に手を伸ばす。そして。
SE:衝撃音
そのまま蹴り上げられる。
紗耶 「昔の話だっての!」
紗耶 「今手つきがいやらしかった……」
夏輝 「純粋に心配しただけですヨ」
まぁ、ちょっとはその無防備に露出された部分に触れてみたいってのが男心だけどね。
その後も、次から次へと紗耶の口から紡ぎ出される俺との思い出話。
ネタが尽きる事がないようだ。
俺の記憶に残っているものは一つもなかったけれど、慈しむように話す紗耶の横顔がいつもより可愛くみえる。
サラサラの髪が夜風に撫でられて、揺れる。
長い睫毛を時折しばたかせる。
その良く動く唇は月あかりに照らされてツヤっぽく浮き上がる。
引力にひきつけられるように、自然と俺は顔を紗耶に近づけていった。
俺の接近に気付いた紗耶は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに静かに目を閉じた。肩が若干震えてる。
紗耶に到達まであと10センチ。
どくん、心臓の音がやけに頭に大きく響く。
5センチ。
どくん、どくん、どくん、心拍数があがっていくのが自分でもよくわかる。
1センチ。
どくん、どくん、どくん、どくん、息が止まりそうだ。
そして、接触。
紗耶 「っ……!」
柔らかな唇の感触。
触るだけの、子どもっぽいキス。
じわっと胸が熱くなる。
ずっと、ずっと。
こうしていたい。
触れていると、もっと貪欲になっていく。それがよくわかる。
腕を紗耶の体へ回し、こちらへ引き寄せようとする。
どんっ!
だが、そこで紗耶が拒否。俺は再び、紗耶の腕によって距離をとらされる。
(頬染めたにらむ表情)
紗耶 「なんで……したの?」
夏輝 「紗耶が好きだから」
即答。それ以外に答えはない。
そして沈黙。
言葉にしてから、俺も改めて知った思い。
大丈夫、後悔はしてない。
心臓が「早鐘のように」と表現されるのはこういうときなんだな。納得。
しばらく決闘のような緊迫した見詰め合いが続く。沈黙を破ったのは紗耶だった。
紗耶の拳が勢いよく振り上げられる。
紗耶 「……はぁ」
それは俺にぶつけられる事なく、力なく降ろされた。
紗耶 「私の事好きだとかいいながら、何も覚えてくれてないじゃない」
夏輝 「っ! それは……」
紗耶 「第一問」
夏輝 「……へ?」
紗耶 「昔、おばさん……夏輝のお母さんを驚かせようと冷蔵庫にあるものを入れました。それは何?」
夏輝 「え……と」
そんな唐突に言われても、思いだせるものも思い出せない。
っていうかそもそも覚えてない。
それくらいの頃の記憶って、俺がケガするより前だよな。
夏輝 「んと、ももが拾ってきたおびただしい量のワカメ?」
紗耶 「不正解。正解は卵型のスーパーボール。おばさん、頑張って割ろうとしてたよね」
紗耶 「第二問。小学校のときに本土の展覧会まで出品された、私と夏輝の自由研究のテーマは?」
夏輝 「んー? カブトムシは本当に最強か決定戦についてのレポート?」
紗耶 「んなわきゃないでしょ。正解は家の近くにある植物でした」
うん。間違いなく、俺が記憶をなくす前の出来事だ。
普通なら、物覚えが悪い俺でも、正解を言われれば多少は思い出せる。
だが、この二つの出来事は、間違いなく俺は『知らない』出来事だ。
紗耶は、俺の記憶についてのコト、知らないんだ。
紗耶 「第三問目……」
夏輝 「ちょっと待って、俺、ガキの頃にケガして、本土の病院に入る前の記憶が殆どないんだよ」
紗耶 「……何その都合のいい言い訳」
紗耶 「夏輝らしくないわね。そんなすぐ判るような嘘」
夏輝 「嘘じゃねーって。ホントなんだよ」
紗耶 「どうだか」
なんでだ。どうして俺を信じてくれないんだ。
夏輝 「ボクを信じてー」
信じてー
信じてー
よし。これで紗耶の心に俺の「音」が伝わるはずだ。
紗耶 「はぁ……最低」
無駄だよね。そうだよね。
俺たちがキスをしてから3分も経っていないのに。なんだこの雰囲気は。
上げ下げ激しすぎだろう。
だが、ここで俺も引き下がるわけにはいかない。
夏輝 「その場のノリで告白したわけじゃない、紗耶の事が好きなのは本心からだし」
紗耶 「……」
紗耶は疑いの眼差しをこちらに一瞬むけたあと、すぐに目線をずらした。
何故にそこまで疑うのか。
唐突すぎた?
ちょっぴり涙が出そうだよママン……
それでも尚、俺は食い下がる。
夏輝 「紗耶の作った飯食ってるときは本当に幸せだし、俺が言った事への地獄へ突き落とす様な意外な返答も大好きだ。」
紗耶 「ご飯はともかく、それ褒めてるの?」
夏輝 「可愛いし、活発なとこも好みだし、時折みせる優しさがたまらなく嬉しかったりするし」
この島へ来てからの事を思い出しながら俺なりに口説いてみる。
夏輝 「お前といると楽しいんだよ。ずっと一緒にいたいと思うんだ。」
ぴくっ 目線を合わせなかった紗耶が少し反応した。
嘘は言ってない。
悲観するわけじゃないけど、思い出を覚えている事が困難な俺には深く付き合っている友人もいない。
今では生活に差し支えない程度の症状とは言え、蓄積されるはずの相手への好意なんてものが蓄積されないのかもしれない。
だが、紗耶との関係に対しては、不思議とある種の安心感がある。
多分それは、昔の俺を知っている紗耶が、幼い頃と変わらない態度で俺に接してくれているから、失った過去ですら紗耶の言葉、態度、かもし出す態度で補ってくれている。
温かいお湯にゆっくりと漬かった様な安心感。
紗耶の中に俺の居場所があるのだろう。
だが、今の俺とは目を合わせてくれない紗耶。
きっと彼女の中の「俺の居場所」は、今の俺の物でなく、過去の俺の物なのだ。
夏輝 「ごめん、何も覚えてなくて……」
紗耶 「……ひとつだけでも……」
夏輝 「え?」
消え入りそうな声でつぶやく紗耶。
紗耶 「ひとつだけでも思い出してくれたら、考えてあげる……」
天岩戸が開きました!
夏輝 「ホント?」
紗耶 「ちゃんと、思い出してくれたらの話だからね!」
まだ不機嫌なままだが、それでも突破口が見つかっただけでも充分。
夏輝 「わかった! それでいい! うひゃっほーゥ!」
何の策も無いが、とにかく最悪の事態は免れた!
紗耶 「ヤダ、もー恥ずかしいわね、知性と品性が感じられないわ」
夏輝 「人間も動物だから喜びは全身で表現しないと!」
紗耶 「今すぐ進化しなおしなさい」
いいっ! このキビシィ突っ込みも好きだぜ紗耶!
夏輝 「契約成立な! 忘れるなよ」
紗耶 「アンタじゃあるまいし忘れないわよ! 何が契約よ、馬鹿っ」
紗耶はそういうと、身を翻しテントの方へ早足で戻っていった。
まだ照れの残るその後姿は、肩をすぼめて少し背を丸め、細い体を更に華奢にみせた。
そういうところがまた可愛いんだよなー。
告白すると、気持ちも正直になるもんだな。
やたらテンションの高い俺。
さて……
問題はこれからの事。
何としてでも思い出さないと。
どうやって記憶を探ろうか?
どんなネタが喜ばれるだろうか?
ウケを狙ってどうするよ、俺!
大丈夫、大丈夫、落ち着け俺。
大丈夫、大丈夫、落ち着けマイサン。
紗耶の唇の感触をふと思い出し、俺の気持ちを愛息子が応援してくれている。
でも、お前はほんとに落ち着け。格好がつかねーから。
[end]