背景:叙瑠樹廊下
SE:足音
居間の方から漂う味噌汁の香りに、胃が活発に動き出す。
今日も一日過去を探して三千里……とまで行かないにしろ、あちこち行こうと予定しているので、腹ごしらえはしっかりとやっておかないとな。
夏輝 「おはよう」
紗耶 「おはよ。珍しく早いじゃない」
夏輝 「昨日は朝飯早食いしちゃったからな。しっかり味わいたくてさ」
紗耶 「いつもは遅く起きても、のんびり食べてるじゃない」
紗耶 「あ、今日も予定があるって事?」
夏輝 「ん?」
夏輝 「ああ、清理さんとこ。あと、楓にも会うかも」
紗耶 「ふぅん」
紗耶 「……はぁ」
紗耶 「いってらっしゃい」
夏輝 「いや、飯食ってからだし、朝飯下さい」
紗耶 「そこにあるでしょ、適当に食べなさいよ」
ちゃぶ台の上には二人分の箸や茶碗が並んでいる。
どちらも使ったようには見えないが……
夏輝 「お前、もう食ったの?」
紗耶 「予定何もないし、のんびりするわよ」
夏輝 「そうだな、紗耶もたまには休まないとな」
日頃は女子高生と思えない程の働きようだし、怠惰にのんびりする日もいいだろう。
俺なんて、島に来る前は一日どころか休日を全てゲームに捧げ、ピザポテトで生命維持してたしな。
紗耶の事だから、そこまで自堕落にはならないだろうけど。
夏輝 「それじゃ、俺は昼飯は外で適当に食うから、家でのんびりしとけ」
炊飯器から炊きたての白米をとりだし、茶碗に盛る。
なんと、朝からキノコの炊き込みご飯ですか!
オカズはアジの開きに、金平ゴボウ、もやしのおひたし、アゲと大根の味噌汁、それと茄子の漬物
夏輝 「ンまぁ〜いッ!」
これだけ朝からしっかり食べると、一日気分良くすごせるな。
健全な生活が気持ちいいものだと言う事を、この島へ来て改めて知る。
がつがつがつ。
もぐもぐもぐ。
じゅるる、ごっくん。
かりぽり、むぐむぐ。
…………
……
夏輝 「ご馳走さまでした」
俺が朝食を食べている間も、紗耶は玄関掃除をしてたり、洗濯したり、洗い終わった衣類を干したりしている。
まったくゆっくりしている様子はない。
テキパキと動く様を眺めていると、紗耶という娘は、本当に家庭的なイイ女だな。
暴力的なのがたまにキズだが、それも照れ隠しの時もあるから、慣れれば可愛いもんだ。
紗耶 「何ぼさっと見てんのよ! 早く行きなさいよ」
しっぱーんっ!
スリッパが俺の顔面にヒット!
寸分の狂いもないコントロールが素敵。
な、慣れれば可愛いもんなんだって、こ、これが……
……
恋は盲目だな。今なら何をされても怒りをあらわにするなんて事は無さそうだ。
たとえ、過去にこのスリッパでゴキブリが潰されていたとしても。
全ては試練だ。
……でもちゃんと洗ってあるといいな。
夏輝 「じゃ、行ってくる」
SE:廊下を歩く音
背景 叙瑠樹の廊下
試練に立ち向かう俺って、格好いいな。
この背中をみよ!
そして惚れろ! 紗耶!
脳内で、俺主演の映画が絶賛上映中。
少々気取って叙瑠樹を後にした。
背景:叙瑠樹居間
紗耶 「何よ、告白した相手をほったらかして!」
紗耶 「馬鹿にしてる!」
SE:ガチャン。
紗耶 「あ、お茶碗が……」
紗耶 「……」
紗耶 「もー! 全部夏輝のせいだからね!」
背景:神社へ続く階段
今日もまだまだ日差しが強く、一段登る度に貴重な俺の体力が奪われていく。
この島の人たちは、日常が鍛錬になってるんじゃないだろうか?
よくテレビである『ご長寿の町』なんて特集がもし、町でなく島というのなら、きっと美富島もランク入りしているはず。
夏輝 「はぁ。体内の水分が蒸発していく……」
自分の腕の辺りをみると、Tシャツにうっすらと白いシミが出来ている。
夏輝 「恐ろしい……。体が塩田になっている……」
清理 「それはいかんのぅ、丁度塩羊羹を買ってきたから、一緒にお茶でもどうじゃ? 」
夏輝 「清理さん!」
気付かなかった。
背後から突如声をかけられ、驚いて振り向くと、そこには買い物袋を両手に提げた清理さんが立っていた。
俺って、背後に隙がありすぎだな。
でも、阿部さんに後ろを取られるより、清理さんの方がずっと嬉しい。
そして安全。
夏輝 「買い物行っていたなら、商店街の方の喫茶店でも良かったかも」
清理 「?」
夏輝 「あぁ、いや、清理さんと話がしたくて」
店内の冷房へ思いを馳せるが、神社の縁側で、冷たい麦茶と塩羊羹というのも風情があっていいか。
清理 「そうか、立ち話もなんじゃ。上へあがるが良い」
縁側ではなく、建物の中へ誘われた。
もしかして、話というのが相談事だと、清理さんにも読まれてるんじゃ?
阿部さん、あやめ姉、清理さん。
大人になるにつれて、人は物事を察する能力に長けてくるのか。
清理 「今日はいい風が吹いているのでな、そこでゆっくり話でもしようかの」
違った。
そんな大人になれないかも、と言う俺の不安が消えました。
ありがとう、清理さん。
夏輝 「じゃあ、お言葉に甘えて。お邪魔します」
背景:神社建物内
出された冷たい麦茶を一気に飲み干した俺は、すでに三杯目のおかわりをもらっていた。。
ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅっ……
夏輝 「ぷはっ! 清理さんの所で飲む麦茶って格別ですね」
夏輝 「いいお茶使ってるんですか? 高級麦茶とか」
清理 「ははは、普通の安い物じゃよ。ここに来る時に、よっぽど喉が渇いたんじゃろう」
確かに。
空腹が最高の調味料というのなら、この喉の渇きが、飲むものを美味しく感じさせてくれているのだろう。
続いて、塩羊羹に手を伸ばす。
ぱく!
夏輝 「塩羊羹とかいうから、もっと塩味だと思ってた。これも美味しい」
ほどよい甘さと塩味が体に染み渡るようだ。
水分と塩分を摂取した事で、みるみる体の乾きが回復してきた気がする。
いや、確実に回復してるぞ、絶対。
清理 「して、わっちに用とは?」
夏輝 「あ、そうそう」
本題を忘れてたぜ。
夏輝 「昔の記憶とか……蘇らせる術とかって、無いですかね?」
清理 「記憶とな?」
夏輝 「あまり人には言ってないんですけど、俺って小さい頃に事故に逢って、記憶がぽっこり抜けてる部分があるんです」
清理 「ほう」
夏輝 「別に今までは気にもしてなかったんだけど、この島に居た頃の事を思い出したくなって」
清理 「今まで気にしてなかったというに、唐突にか?」
夏輝 「はい……まぁ」
清理 「何やら事情があるのじゃな」
清理表情 おばちゃん笑い
清理 「ふふふ」
夏輝 「その、ゴシップの臭いを嗅ぎつけたぞ! って顔、やめてください」
清理 「ほほほ、わっちは修行の身ゆえ、禁欲的な日常じゃからの。人との『事情がある会話』が刺激的なのじゃ」
特に恋愛方面でしょう、その刺激と言うのは。
夏輝 「若いのに、噂好きなオバチャンのようですよ……」
清理 「そう、げんなりした顔をするな。こういうのも楽しいぞ」
きっと、噂大好きなオバチャン達も日々を楽しんでるだろうけど、生憎と俺にとっては自分の事なので楽しむ余裕はない。
紗耶への告白の事を話さなくて良かった。きっと無駄に話が長くなる。
清理表情 通常
清理 「記憶を取り戻す術か……」
夏輝 「やっぱ、そう都合の良い物なんて無いですよね」
清理 「あるには、あるんじゃが…」
夏輝 「ほんとですか!」
清理 「わっちの専門分野とは違うのじゃが……」
清理 「出来ぬでもない……かのぅ。試してみる価値はあるかもしれんが……」
夏輝 「やけに渋りますね。高度な術なんですか?」
清理 「む、出来ぬわけではないと申しておろう」
あ、プライドを刺激してしまったらしい。
ごそごそ、清理さんはおもむろに着物の中に手を入れ、いくつかの巻物を取り出した。
この人の着物の中って、どうなっているんだろう?
いやらしい意味を抜いても、興味が絶えない。
が、今一番興味があるのは、取り出された巻物だ。
表に書いてある題名は……
楷書、行書、草書……。俺の知っている書体全てを更に超えた、紐のような文字。
夏輝 「それに術が書いてあるんですか?」
清理 「うむ、わっちの先祖が残したものじゃ」
夏輝 「随分達筆ですね。俺には全く読めません」
清理 「この人は随分な癖字の人だったらしくてな、わっちにも読みにくいのじゃ」
もしかして、清理さんが渋っていたのは、この文字のせいかもしれないな。
清理 「なんの術を使うにしても、集中せねばならんな」
清理 「場所を変えようかの」
場所:神社内降霊所
びららっ!
立ったまま清理さんは巻物を広げた。
腕から足元まで広げても、まだ余っている。かなり長さがあるようだ。
夏輝 「結構な長さですけど、読むの大変そうなら、その……もういいですよ」
清理 「大丈夫じゃ、項目で別れておるからの」
夏輝 「すみません、手間かけさせちゃって」
清理 「気にするでない。何事も修行じゃ」
しばらく巻物を読みふけっていた清理さんが、祭壇の方へ移動した。
なにやら、ぶつぶつと呪文を囁き始める。
清理 「………………………」
清理さんが、こちらをじっと見詰める。
……
………
じわ、じわり…………
夏輝 「う?」
夏輝 「なんだか、体が熱くなってきた……」
じわわッ……
体中の血液のめぐりが活性化したような体温の上昇を感じる。
清理 「ふう」
清理 「どうじゃ? なんぞ変化はあったか?」
夏輝 「え? 終わったんですか?」
清理 「うむ、これで終わりなんじゃが、何も変化はないのか?」
夏輝 「うーん……」
夏輝 「あ!」
清理 「なんじゃ?」
夏輝 「肩こりが治ってる!」
清理 「!」
慌てて巻物を見直す清理さん。
清理 「すまぬ、新陳代謝を良くする術であった」
夏輝 「は?」
清理 「これの前の項目だったのじゃよ」
清理 「まったくこの方の巻物は曲者じゃ……」
清理 「内容は素晴らしいのに……」
ぶちぶち小声で愚痴る清理さん。
俺も末代まで残す物を書く時は、しっかりペン習字でも習ってから残そう。ペンも貰えるしな。
そんな事を考えながら、まだ愚痴っている清理さんを眺めていると、清理さんがこちらに気付いた。
清理 「誤解しないで欲しいのじゃが、他の先祖の巻物はもっとまとまりがあって読みやすいんじゃ」
なにやら、この人必死に弁解してます。
清理さんのご先祖様にも、色々な人がいるようです。
清理 「こほん…」
清理 「では、気を取り直して、もう一度」
深呼吸をして、集中力を高める清理さん。
清理 「………………………………」
こちらをじっと見詰める。
……
…………
きりっ……
きりりりっ…………
頭の奥底を締め付けられるような痛みが走る。
目を閉じても、ちかちかと光を当てられているような、眩暈にも似た感覚を覚える。
……
…………
SE:倒れる音
清理 「夏輝どの!」
夏輝 「だ、大丈夫です……」
夏輝 「なんか、急に頭が痛くなって……」
清理 「そうか、残念じゃが、術の波長と合わなかったのじゃな」
身体に変化が起きたときは、もしかすると? なんて、期待した俺だったが、『上手くいけばめっけもの』くらいに考えていたので、あまりショックはなかった。
清理さんには悪いけど、こういった特殊能力は目の当たりにして初めて信じられるというか……。
夏輝 「時間とらせました。別の方面から当たって見ます」
清理 「役に立てなくて申し訳ない」
夏輝 「肩こり治っただけでも、これからの行動が楽になりますから」
体を動かしてみて気付いたが、肩こりだけでなく、昨日までの足腰の疲れも落ちているようだ。
夏輝 「あ、体軽いや」
夏輝 「これは本当にありがたい!」
清理 「ほ、本当か?」
清理 「それは良かった!」
夏輝 「気を使わせちゃったみたいで、すみません」
なんだか、本当に申し訳なくなってきた。
ここは早めに撤退しよう。
夏輝 「それじゃ、俺そろそろ行きます」
清理 「そうか? また何かあったら、遠慮なく来るんじゃぞ」
夏輝 「はい。塩羊羹ご馳走さまでした」
背景:神社までの階段
夏輝 「さて、次は楓に会いたいけど……どうするかな」
背景:森の中
あまり森の奥深くに入ると迷う危険があるので、診療所を目的地として歩いていくことにした。
楓は生前、俺と面識があったらしいので、もしかすると何か思い出すきっかけをくれるかもしれない。
夏輝 「かーえでー! かっえでちゃーん! 居たら返事してー!」
道すがら、歌うように楓に呼びかける。
都会じゃ出来ない人探しの方法。
夏輝 「かーえでちゃーん、ふんわりふわふわ、幽霊なのに元気な子ー」
だんだん楽しくなってきた。
しばらくこのノリで歌っていくか。
夏輝 「楓ちゃーん、天然娘の可愛い子ー」
楓 「照れますー」
夏輝 「おー、楓。いたいた」
楓 「夏輝くん、こんにちはー」
幽霊に『こんにちは』と言われる美富島の不思議。
楓 「もう歌うのやめちゃうんですか? 最初から聞いてみたいです」
夏輝 「即席だから、もう歌えないし」
楓 「えー、がっかりです」
夏輝 「照れるって言ってたし」
楓 「照れても聴きますよー」
夏輝 「ははは、ういヤツじゃの」
楓表情 怒り
楓「からかいに来たんですか?」
夏輝 「いやいや、楓に昔の俺の事を聞こうと思ってさ」
楓表情 標準
楓 「昔の夏輝くんの事?」
夏輝 「俺さ、この島に居た時の事、殆ど覚えてなくてさ、思いだせるようなきっかけ探ししてるんだ」
楓 「ふうん」
楓表情 寂しそう(あれば)
しまった。記憶探しに夢中になっていたから、楓の気持ちまで考えてあげていなかった。
幽霊になってからずっと寂しい思いをしてきた楓に酷い事をしてしまったかもしれない。
楓 「いいですよ。何から話しましょうか」
楓表情 笑顔
楓 「わたしも夏輝くんが昔の事、思い出してくれたら嬉しいなあ」
夏輝 「ありがとう、助かるよ」
適当な木の下で座り、楓が話し始めるのを待つ。
楓 「んーと、小さい頃の夏輝くんとの思い出ですかー」
楓 「よく駄菓子をお土産に持ってきてくれましたね」
楓 「ラムネ菓子だとか、ひも付き飴だとか。看護婦さんにみつからないよう、こっそり食べるのが楽しかったんです」
夏輝 「へぇ、そうだったんだ」
楓 「他にはですね、傷だらけで来た事があって、どうしたの?って聞いたら『釣った魚を猫と取り合った』って真剣に言うんです」
楓 「ふふ、夏輝くんらしいですよね」
全く記憶にない俺の過去。
らしいと言われれば、らしいのかもしれないが、なんだか他人の話を聞いているような気になる。
きっかけが見つからず、俺は憂鬱になっていた。
楓の思い出話はまだ続いている。
楓 「何か、参考になります?」
唐突にきかれて、我に返る。
夏輝 「あ、それがその……ぜんぜんで……」
楓 「そうですか……」
楓表情 悲しそう
俺は何をしているんだろう。
先ほどの清理さんの申し訳なさそうな顔を思い出す。
修行中の清理さん。術が上手くいかなかったりしたら、きっと辛いんじゃないだろうか。
目の前にいる楓。
生前の自分を知っている存在はとても貴重だろうに、俺はちっとも覚えていない。
紗耶に告白して、紗耶から返事をもらう為に始めた過去探し。
ここで行き止まり。
まったく手がかりを見つけられないまま、あたりは暗くなっていた。
夏輝 「楓、ありがとう」
楓 「ううん、役に立てなくてごめんね」
今日二度目のこの言葉。
自分の我侭に付き合わせた結果、友達に謝らせる事になるなんて……。
夏輝 「でも、楽しかった」
楓 「わたしも楽しかったです」
楓表情:通常
楽しかったんだと、自分にいいきかせたかった。
楽しかったという事で、楓を安心させたかった。
夏輝 「それじゃ、そろそろ帰るよ」
楓 「うん、また遊ぼうね」
夏輝 「おう、じゃーな」
楓 「またね」
……。
過去の自分は、自分自身でみつけないといけないという事なのだろう。
重い足取りで叙瑠樹に向かった。
背景:叙瑠樹前(夜)
紗耶 「ずいぶん遅かったのね」
夏輝 「ただいま……」
紗耶 「どうしたの? 朝の元気がないじゃない?」
紗耶 「誰かにふられた?」
夏輝 「うん。紗耶にふられるかも……」
紗耶 「何それ、どういう事よ?」
夏輝 「……」
紗耶 「まぁ、今のままじゃそうかもね」
夏輝 「……うん」
紗耶 「本当に何かあったの?」
夏輝 「皆に話をきけば、思い出すきっかけがつかめると思ってたんだ……」
紗耶 「夏輝……」
夏輝 「でも、駄目だった」
紗耶 「そうだったんだ……」
沈黙が苦しい。
紗耶表情:笑顔
紗耶 「ありがと、お疲れ様」
夏輝 「え?」
紗耶の意外な言葉に俺は顔をあげた。
紗耶 「じゃ、夕飯にしましょ。これでも一応待っててあげたのよ、感謝しなさい」
今まで重かった足取りが、軽くなった気がする。
夏輝 「献立は?」
紗耶 「今日は鳥のから揚げ。アンタ好きでしょ?」
夏輝 「……好きだ」
献立の事じゃなく、紗耶が好きだと改めて実感した。
玄関からもれる明かりに心が癒される。
居間から流れてくる夕飯の匂いに疲れが癒される。
また明日。
また明日から過去の自分と向き合おう。
[END]