紗耶イベント13・祭り後

背景:祭り

夏輝 「実はもう少し遊んでいたい」

紗耶 「はぁ?」

夏祭りはまだ終わる気配を見せない。

皆と別れた後、帰り道も一緒だからと、紗耶を誘う事に成功し、俺達は出店のある通りを二人で歩いていた。

夏輝 「まだたこ焼きを食べてません」

夏輝 「まだイカ焼きを食べてません」

夏輝 「まだヨーヨーを釣っていません」

夏輝 「まだ……」

紗耶 「もういいわ。わかったから」

夏輝 「まだ、紗耶と一緒にいたいです」

紗耶 「な……っ! なにをアンタは……!」

夏輝 「一緒にいたいです」

紗耶 「わ……私は、アンタと一緒になんて……」

夏輝 「いたいです」

紗耶 「わ……わかったわよ。私もイカ焼き食べたくなったから、もうちょっとだけ居るわよ」

紗耶 「べ、別にアンタと一緒に居たいわけじゃないんだからねっ!」

夏輝 「おっけー」

紗耶 「……了解。じゃ、来た道戻りながら出店物色しますか」

夏輝 「よし! んじゃ、まずカキ氷からだな」

紗耶 「さっきのやっていない事リストに入ってなかったわよ」

夏輝 「深く考えないほうがいいぞ」

紗耶 「はぁ……。どんだけ食べるつもりよ」

夏輝 「美富島食べ歩き旅行記が書ける程」

紗耶 「さすがにソレは無いわ」

紗耶 「でも、食べるのはあとにしましょ。食べる物持ちながらじゃ遊べないでしょ」

夏輝 「そうだな。じゃあ、金魚すくいからしようかな」

紗耶 「どこで飼うのよ」

夏輝 「叙瑠樹の裏の池」

紗耶 「もう、世話誰がすると思ってるのよ」

夏輝 「夏休みが終わったら、俺と思って可愛がってくれ」

我ながら自虐的な物言いだ。

紗耶 「うっかり飼育放棄しちゃいそうだわ」

夏輝 「大丈夫だって、俺は今ちゃんと世話してもらってるしな」

紗耶 「あんたねぇ……ま、捕まえられたら玄関にも飾っておくわ」

夏輝 「とれなかったら、オマケで一匹とかくれるんじゃねーの?」

紗耶 「残念ね、高校生にはオマケはないのよ。この島の掟」

夏輝 「マジで? 」

紗耶 「さあ? ノリで言ってみただけ。でもどうせ楽しむなら、そっちの方が真剣になれるでしょ」

紗耶 「ついでに言えば、チャンスは一回」

夏輝 「むむ、難易度が高くなったな」

紗耶 「ふふん。どうする? 」

とかなんとか言ってるうちに、金魚すくいの屋台は目の前だ。

夏輝 「ここで逃げたら男がすたるってヤツだな」

夏輝 「おっちゃん。金魚すくい一回!」

料金を財布からとりだし、店の人に渡す。

オッサン 「おー、ボウズ。紗耶ちゃんの前でいい所見せようって魂胆だな?」

夏輝 「うお、オッサンが出店やってるんですか?」

オッサン 「島民なめんな。周りの出店、皆地元民だろうが!」

オッサン 「都会と違って、祭りも宴会も面子は一緒だ」

そういや、周りの出店、わりに知ってる顔多いな。

……島の人口と、出店の数、それに客のがあわないような気がするが……

紗耶 「気にしない」

夏輝 「お、おう」

エスパーだ。エスパーがおる。

オッサン 「さて、彼女にいいトコ見せるっていうなら、この水槽のヌシを狙うべきだな」

紗耶 「ヌシって、そんなのいるの?」

夏輝 「さ……紗耶! コイツだ! ここのヌシってコイツだ!」

長方形の水槽の中、他の金魚から避けられるようにしている大きめの黒い出目金が一匹。

堂々としたその泳ぎには、どこか王者の風格すら感じる。

まさにキング・オブ・金魚。

紗耶 「わ……本当! 大きいし色ツヤもいいわね」

何ぃ! 辛口の紗耶にこうも簡単に褒められるなんて!

なんと……

なんと羨ましく、憎らしいヤツだ……。

夏輝 「っふ。こんなトロいデカイだけの出目金。楽勝だぜ」

紗耶 「アンタ、額に汗かいてるわよ」

オッサン 「甘くみるなよ。コイツぁマグロ漁の時に一本釣りされた金魚だぜ」

夏輝 「金魚は海にいないわけですが」

オッサン 「はっはっは」

夏輝 「ったく……」

水槽のヌシをじっくり観察。

すると、その出目金がこちらを見たような気がした。

尾びれをひらひらとさせると、くるりと方向転換し、こちらに尻を見せる。

一瞥。今のヤツの視線を表現するに的確な言葉。

夏輝 「今……コイツに馬鹿にされた気がする」

紗耶 「そう? 気のせいでしょ」

オッサン 「喧嘩ふっかけてみるか?」

ニヤつくオッサンの手には、まっさらのすくい網が持たれている。ピンとはった和紙が果たし状の様に思える。

夏輝 「ふう……」

夏輝 「いいだろう。後悔させてやる」

夏輝 「一発勝負だ!」

オッサン 「今ここに美富島での熱き戦いの火蓋が切って落とされた!!」

紗耶 「見事勝利を掴むのは夏輝選手か、それとも出目金選手でしょうか!」

ノリノリですね君達。

姿勢を低くし、水槽の中へ意識を集中させる。

ゆらゆらと水にたゆたうヌシは、ゆっくりとこちらを向いた。

水面スレスレに網とお椀を構える。

……

…………

夏輝 「今だ! 」

ぱしゃん!

水中へ網の半分を滑り込ませた。

和紙の上にヌシをとらえる。

このまま引っ掛けてお椀へむかってスライドさせ……。

夏輝 「何!」

ヌシがすべるように網を逃れ水槽の奥へゆく。

夏輝 「コイツ、図体のわりに早い!」

和紙はまだ半分しか濡れていない。

夏輝 「まだだ。まだ闘える……」

だが、次は無い。

……

…………

夏輝 「!」

精神を集中する。

すべての神経を、ヌシに注ぐ。

すばやく網を水にくぐらせる。

紗耶 「やった! すくった! 」

網の中央。黒々としたヌシがすくいあげられる。

和紙がやぶれ、ヤツは下にあるお椀の中へダイブ……

……するはずだった。

紗耶:立ち絵(驚いた顔)

紗耶 「さすがヌシって言われるだけあるわ……」

夏輝 「まさか……」

夏輝 「まさか、破れる和紙の上で一度跳ねて、網の淵でもう一度跳ねて逃げるなんて高度な技を……」

オッサン 「おー。まさか、あんなぴょんこら跳ねて逃げるとはなー」

オッサン 「ヌシって言ってみたかいがあった」

言っただけだったのかよ!

オッサン 「他の金魚だったら、お前の腕なら結構すくえたかもな」

夏輝 「慰めはいらないですよ」

オッサン 「いやいや。中々形が出来てたぞ。オマケだ。好きなの選んでけ」

夏輝 「じゃ、このヌシ様を……」

オッサン 「ソイツは稼ぎ頭だ。空気読め」

紗耶 「私、この子がいいな」

紗耶が指差した先には、赤い小さな金魚が元気に遊泳していた。

夏輝 「ちっちゃ! まだ若造みたいだぞ」

紗耶 「だからいいんじゃない。夏輝の代わりに叙瑠樹に住む子なんでしょ、長生きな方がいい」

オッサン 「紗耶ちゃん大胆な告白だな」

紗耶 「ちがっ! ほら、夏輝が自分のかわりにとか言ってたから、早死にされたら夢見悪いから!」

オッサン 「おーおー。照れちゃってかーわいいねぇ。ほらよ」

ビニール袋に程よく水を入れ、元気な金魚をすくい入れると、オッサンは紗耶に渡した。

紗耶 「飼育放棄するっ」

何故か俺が睨まれた。

紗耶 「おじさんからかうし、もう他のとこ行くわよ! 」

夏輝 「痛い! 痛いよ姉さん! 」

耳を引っ張られるなんて、長寿のアニメ番組だけだと思ってたよ。

金魚すくいを終え、次なる目的地へと向かう。

夏輝 「なんか、今ので充分楽しめた」

紗耶 「良かったわね」

オッサンにからかわれる紗耶の反応とかね。

口に出したら、衝撃音で返されそうなので、黙っておく。

夏輝 「よーっし。何から食おうかな」

紗耶 「たこ焼き買うなら、半分頂戴」

夏輝 「じゃあ、カキ氷買うなら、違う味にして一口くれよ」

紗耶 「綿飴も分けられるわね」

夏輝 「焼きソバも半分に出来るな」

紗耶 「ぷっ……ふふっ……」

夏輝 「何がおかしいんだよ」

紗耶 「いや、覚えてなくても夏輝は夏輝なんだなーって」

夏輝 「どういう意味?」

紗耶 「子供の頃もこうやって、少ないお小遣いで沢山の種類を食べられるように分け合ってたから」

夏輝 「そっか。良かった」

紗耶 「?」

夏輝 「一緒にいて楽しんでくれてるみたいで」

夏輝 「だが、それならば、成長した俺の楽しみ方も見せてやる」

紗耶 「え? 何する気? 」

紗耶の疑問に答える事なく、俺は少し先にある盆踊りの輪の中へ入って行った。

優しい明かりを落とす赤い提灯の下。島の人々と踊る。

ひらりひらり。

手の平を右へ左へ。

記憶はなくとも、懐かしさを感じさせる曲調が気持ちよかった。

この夏は、忘れたくないな……。

背景:夜の公園

夏輝 「盆踊りって、俺踊った事なかったや」

紗耶 「今日が初めてなんだ」

公園のベンチで休憩。

出店で買った物を食べながら、花火が上がるのを待つ。

夏輝 「そうだな。盆踊り知らないし、あれってどっかで練習するもの?」

紗耶 「練習はした事無いけど、見てればわかるでしょ。ゆっくりした振り付けだし」

夏輝 「そうだなあ。しかし、盆踊り踊るなら浴衣着た人だよな。見てて楽しいし」

紗耶 「そんなもんなの?」

夏輝 「そんなもんです。おばちゃんの中にだって、うなじの美しい方もいらっしゃるのだぞ」

笠などをかぶられると、本当に騙されそうになる祭りマジック。

紗耶 「男心ってわからないわね」

夏輝 「だって紗耶は女の子だもん!」

紗耶 「気持ち悪い言い方しないでよ、女の子って言われると何か嫌」

オイ、そこかよ。気持ち悪いってのは。

夏輝 「でも、浴衣とか着ると、やっぱ紗耶も女の子なんだなーって改めて思うぞ」

夏輝 「その……か、可愛いなーってさ」

照れて言葉がたどたどしくなってしまった。

一枚絵綿飴で顔を隠しながら不機嫌な紗耶

紗耶 「こ……これは、アンタが浴衣着た私を見てみたいっていうからっ」

持っていた綿飴に隠れるようにして反論する紗耶。

なんか可愛いぞ。

夏輝 「そりゃ、こういう美味しい貴重なイベントには絶対に浴衣っていう法則が!」

紗耶 「それって、アンタの好きなゲームとかじゃ?」

夏輝 「う……リアルでも、そうであって欲しいというか、浴衣には男の夢が詰まってるんだよ」

紗耶 「たかが着る物が変わるだけで、そんなに違うもの?」

夏輝 「とても年頃の女の子の台詞とは思えない。嘆かわしい」

紗耶 「あまり興味ないから。お洒落とか」

夏輝 「そのわりに、着付けとかしっかり出来てるし。そういうのって難しいんじゃねーの? 」

紗耶 「浴衣だけは、着る機会が結構あるのよ」

夏輝 「なんで? 」

紗耶 「夏場お客さんが入った時は、若い娘が浴衣だとウケがいいからって、お父さんがっ」

かなり不本意らしい。不機嫌な空気が漂う。

紗耶 「大体、女の子らしいねとか言われるの、あまり好きじゃないの」

そう言って頬を膨らます紗耶を眺めるが、赤い浴衣はコイツに凄く似合ってて、本人が嫌がっても着せたかったおじさんの気持ちも理解出来る。

夏輝 「勿体ねえな。スカートとかはいておしとやかにしていれば、半端なくモテただろうに……」

紗耶 「別に男の子にモテたくてお洒落しようとは思わないから」

紗耶 「よくみられるより、動きやすい方がいいの……昔から」

夏輝 「ま、いいか。やたら色気出されて競争率高くなったら、困るの俺だし」

紗耶 「ばーか。何いってんだか」

もしかすると、学校の方ではかなりモテてるのかもしれない。

が、紗耶は恋愛方面で鈍そうだし、気付いていない可能性もあるな。

紗耶が自分の魅力に気付く前に恋愛成就させないと。

コイツはどんどん可愛くなっていく。

島に来て初めてあった時より、ずっと魅力的に見えている。

月明かりの下というのは、どうも鼓動を早くさせるな。

夏輝 「綿飴一口くれよ」

一枚絵綿飴を差し出す紗耶

紗耶 「いいわよ」

綿菓子をこちらへ差し出そうとする紗耶の手首を掴み、軽く押しのける。

紗耶 「あっ」

花火と花火の効果音

そして、唇を重ねた。

一枚絵・照れて顔を綿飴で隠す紗耶

夏輝 「綿飴って、やっぱ砂糖の味だな」

紗耶 「不意打ちってずるい……」

照れも混じる弱気な反論に言葉を返す事なく歩き続ける。

紗耶 「ちゃんと……思い出してよ」

夏輝 「最後まで粘るよ」

紗耶 「ねえ。本当に覚えてないの? 本土に移る前のケガってそんなにひどかったんだ」

夏輝 「あー、うん」

紗耶 「どんな事故?」

夏輝 「えーっと。わ、忘れた」

紗耶 「……」

紗耶立ち絵睨み

嘘をつく事は許さないと言った目をしている。

夏輝 「俺、昔溺れたときに本当に記憶喪失になってるんだよ」

夏輝 「暫く息も止まってたらしいから、脳のどっか壊れたんじゃねーの? 」

あやめ姉との話を思い出し、早口で適度に掻い摘んで話す。

紗耶 「私もこの島にいたのに、そんな事件知らないわよ」

夏輝 「え?」

夏輝 「だって、お前もいたんじゃ……」

紗耶 「え……私、が?」

しまった。

口が滑った。

夏輝 「ま……まあ、いいじゃん。もう昔の事だし」

夏輝 「俺が思い出せばすむ事なんだから」

夏輝 「最近はそれ程記憶が抜けてく事ないし、なんとか思い出してみるから」

焦る。

無駄に紗耶を傷つけたくないのに。

夏輝 「さて、もう風呂はいって寝よ寝よ」

まだ花火の音はなり続けている。

紗耶 「ちょっと、まだ話終わってないのに」

こういう話は聞き出すチャンスを逃せば、聞きにくくなるものだ。

紗耶が明日にはこの話を忘れていてくれるよう願いながら、帰り道を急いだ。

[END]